野村克也、明智光秀を語る
発売日:2019年12月
- ページ数
- 157p
- ISBN
- 978-4-8334-2355-7
- 著者情報
- 野村 克也(ノムラ カツヤ)
1935年京都府生まれ。京都府立峰山高校卒業。1954年、テスト生として南海ホークスに入団。3年目でレギュラーに定着すると、以降、球界を代表する捕手として活躍。1970年からは選手兼任監督となり、その後、選手としてロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)、西武ライオンズに移籍。1980年に45歳で現役を引退。27年間の現役生活では、1965年に戦後初の三冠王になったのをはじめ、MVP5回、本塁打王9回、打点王7回、首位打者1回、ベストナイン19回、ダイヤモンドグラブ賞1回などのタイトルを多数獲得した。1990年にはヤクルトスワローズの監督に就任し、4度のリーグ優勝、3度の日本一に導く。そのほか、阪神タイガース、東北楽天イーグルスで監督を歴任。楽天ではチーム初のクライマックスシリーズ出場に導く。著書多数
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商品説明
天才に勝つ凡人の戦略とは。弱者の洞察力を忘れた光秀、そこに待っていたものとは―。
[野村克也ー野球=0]と自ら語る野村克也さんが、
知将・明智光秀を語る!?
私の人生は弱者の人生である。私は数多くの著書を出版していただいたが、その中でわりと好きな著書に、『弱者の流儀』(ポプラ社)がある。
この著書の冒頭に「本書で伝えたいこと」という「まえがき」のような一文がある。その書き出しは、「人は皆、弱者である」から始まっている。この表現もまた私は気に入っている。
私は自慢ではないが、《野村克也―野球=0》の人間である。その私が本書では、明智光秀について語ることになった。プレジデント社で歴史に詳しい方から明智光秀の話を伺い、その話の感想を書籍にしたのである。
そこで得た私なりの結論は、
「人は皆、明智光秀である」
ということだ。
彼もまた弱者の流儀でのし上がった人間なのである。光秀の心は、気持ちのパノラマのようである。挫折、苦悶、光明、苦渋、貧困、抜擢、期待、羨望、絶頂、すぐその横に苦悩が横たわり、そして最後には謀反、敗北という形で己の生命を終えた。
その意味では、信長、秀吉、家康らの勝者たちよりもドラマチックに生々しく生きた。敗者は、私たちにとって人生の教科書である。私は、勝者になれなかったこの一人の男から多くのことを学べるような気がしている。
「人は皆、明智光秀である」、この言葉を頭の片すみに置きながら、ぜひ本書を読んでいただきたい。
本文に著者野村さんの<俺のボヤキ>が掲載されています。
光秀の人生にとって、丹波攻略とは、栄光の架橋だな。
そういえば、そんな歌があったか?
というツイッターのようなものです。
【目次】一部抜粋である
目次
第1章 「その他」から始まった人生―私には、光秀の心がよく見える(戦国の歴史も、勝負の世界も人間ドラマ
「ひもじさ」こそ、光秀と私を結びつける ほか)
第2章 マルチな才能が開花、ダブル主君―猛烈な仕事ぶりに転職組の憂いが(信長にその才能を認められた光秀、四十一歳の光明
信長の家臣、義昭の近臣 ほか)
第3章 絶頂の四十代、疑心暗鬼の五十代―勝者と敗者を分かつもの(丹波攻略こそ武将としての誇り
丹波攻略の五年間で明智家臣団がよいチームに ほか)
第4章 「敵は我にあり」―敵は本能寺ではなかった!(虚しき謀反の朝
安土城での家康の饗応役 ほか)
商品詳細
- 出版社名
- プレジデント社
- サイズ
- 19cm
- 対象年齢
- 一般
- フォーマット
- 単行本
注意事項
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