澁澤龍彦の思考 エクリチュール化した「私」

谷崎龍彦/著

発売日:2022年7月

  • 澁澤龍彦の思考 エクリチュール化した「私」
  • 澁澤龍彦の思考 エクリチュール化した「私」
ページ数
260p
ISBN
978-4-7791-2831-8
著者情報
谷〓 龍彦(タニザキ タツヒコ)
1955年、三重県生まれ。皇學館大学卒業。澁澤龍彦に私淑して文芸評論を始める

¥2,970 税込

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商品説明

澁澤という「私」性はいったい何処にあるのか?澁澤の読む=書くという行為には「(フランス語の)純粋言語を日本語によって救い出す」という運動が働いている。厖大な書物を読む=書くということは、結局、フランス語の書物を読み、日本語として言葉=エクリチュールとして書くことなのであった。すべての澁澤へのオマージュは、波動するエクリチュールの彼方へと向かう。

澁澤の「書く=読む」という行為には、「(仏語の)純粋言語を日本語に
よって救い出す」(ベンヤミン「翻訳者の使命」)という運動が働いている。
そのとき、澁澤という「私(わたくし)」性はどこにあるのだろうか。
澁澤の「書く=読む」という行為は「純粋言語」を救出するとともに、
澁澤という「私」性が消滅するのではないかというのが、
筆者が考える澁澤におけるエクリチュール化した「私」の意味である。

このエクリチュール化した「私」は、消滅するとともに
翻訳行為と同様、他者の「純粋言語」にまとわりつく「純粋思考」をも
かぎりなくとりこんでいく。

そして最後には、澁澤の博覧強記の「書く=読む」という行為は、
澁澤の「私」性が消滅して、エクリチュールに他者、評者(筆者)まで
をもまきこんでいく。
究極的にそこに浮上する澁澤の「思考」とはなにか……それを逐語訳的に
翻訳・抽出していくのが本書の眼目なのである。

商品詳細

出版社名
彩流社
サイズ
19cm
対象年齢
一般
フォーマット
単行本

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