なぜ古典を学ぶのか
発売日:2025年12月
- ページ数
- 583p
- ISBN
- 978-4-86766-100-0
- 著者情報
- 山藤 夏郎(サントウ ナツオ)
1974年生まれ。広島大学大学院社会科学研究科修了、博士(学術)。現在、(台湾)國立政治大學日本語文學系副教授。日本古典文学(中世漢文学)専攻
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商品説明
古典に潜む見えない根源を問う。「私たち」の古典は消失し、ただ「私」の古典だけが残る。そしてそのような「個人」化が進めば進むほど、今度は古典の価値それ自体を審問にかける声が静かに、そして強く「共鳴」し始めることになる―そんなものいったい何の役に立つんですか?と。
目次
凡例
開扉―古典の中の《見えないもの》
学ぶ意義が《見えない》ことについて
“見えないもの”を探究せよ
近代化とは何か
古典と「ナショナリティ」の結合という認識論的操作
[コラム1]漢文は「中国語」か?
人間中心主義―西洋的・近代的「個人」への欲望
「孤独」な群衆
ネットワークとしての古典知
反響する「近代」―私たちはあまりにも似すぎている
私たちは「忘却している」という事実を忘却している
《真理》不在の時代において《真理》を問う―《真理》は本当に死んだのか?
古典は役に立つのか?―と問う前に、まず誰にとって?
《根源》(アルケー)とは何か
本書の軌道
I 一つのものが二つに分かれるということ―万物の《根源》とは何か
1.序
古典とは、単なる「古い」書物のことではない
2.恒常不変の《古》
永遠不朽のテクスト/《古》とは何か/循環という原理/「古今一致」言説
3.古今伝受における「古」「今」解釈
混沌未分としての《古》/瞬間瞬間に立ち現れる現象としての「今」
4.自己自身を《分ける》ものとしての言語
言語の《中》の循環構造/《理》=言語的分節化の原理/「名」の収蔵体としての《天》
II 生々流転する世界の中にあって絶対に変化することのないたった一つだけのもの
1.序
2.変化そのものは変化しない
恒常不変のもの/無常の恒常性/二つにして一つの変化
3.「私」とは世界である
「私」の中で生成される時間
4.「私」の中で語っているのは誰か?
〈文〉としての世界、〈文〉としての人間/詩論における《神》/「私」ではない《私》との邂逅
5.〈古典〉を再定義する
〈古型〉としての古典―パターン化という自由
III 〈文〉の世界の脱中心的構造―《古》への回帰
ほか
商品詳細
- 出版社名
- 文学通信
- サイズ
- 22cm
- フォーマット
- 単行本
注意事項
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