一心不乱 埼玉を変えた闘将の45年間
発売日:2025年3月
- ページ数
- 186p
- ISBN
- 978-4-583-11753-9
- 著者情報
- 本多 利治(ホンダ トシハル)
1957年(昭32)9月30日生まれ、高知県中村市(現・四万十市)出身。高知高で3度甲子園に出場し、3年時には主将を務め同春に全国優勝。日体大へ進学し、野球部主将を務めた。80年の春日部共栄高校の創立とともに、22歳で同校野球部の監督就任。春夏合計7度、甲子園に出場し、93年夏は準Vを成し遂げた。プロ野球(NPB)へ送り出した教え子は14人を数える。2025年3月31日限りで監督を退いた
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商品説明
埼玉の強豪・春日部共栄高野球部を率いて45年。本多利治が2025年3月31日限りで監督を勇退する。選手時代に高知高で内野手として甲子園3回出場、75年センバツでは全国優勝した。春日部共栄高の野球部が創部した80年、22歳の若さで監督就任。91年に初のセンバツ出場を果たし、93年夏の甲子園では準優勝を成し遂げた。春夏通算7回の甲子園出場で10勝を挙げた名将は、人情味あふれる指導で知られ、高校生の自主性を重んじる指導を先がけて意識してきた。その指導ルーツに迫る。
埼玉・春日部共栄高校の硬式野球部を開校当時から45年間率いている本多利治監督(67)が2025年3月末で勇退する。
生まれは高知・四万十。日体大を卒業したばかりの1980年。この学校の創立とともに、22歳で野球部の監督になった。あると聞いていた専用グラウンドはなかった。
部員と一緒に田んぼを掘り返し、自分たちで作った。新たな伝統をイチから作り上げる。そのやりがいが原動力だった。
1993年夏、甲子園で準優勝した。このとき35歳。10年あまりで、関東有数の強豪校へと駆け上がった。多くのプロ野球選手も輩出。令和の今では高校野球界の主流となった「選手の自主性」を早くから重視した指導者でもある。
波乱万丈に満ちた人生経験も、野球の指導に生かされてる。
闘将が残したものをここに記す。
目次
第1章/指導方針
第2章/学生時代
第3章/自主自立
第4章/文武両道
第5章/人材育成
商品詳細
- 出版社名
- ベースボール・マガジン社
- サイズ
- 19cm
- 対象年齢
- 一般
- フォーマット
- 単行本
注意事項
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