日々賭けをする人々 フィリピン闘鶏と数字くじの意味世界
発売日:2025年3月
- ページ数
- 354,20p
- ISBN
- 978-4-7664-3014-1
- 著者情報
- 師田 史子(モロタ フミコ)
1992年神奈川県生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科助教。2016年横浜市立大学国際総合科学部卒業。2022年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(5年一貫制)修了。博士(地域研究)
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商品説明
フィリピンにおいて賭博は、政治家から市井の人々に至るまで、社会のあらゆる階層に深く埋め込まれている。本書は、フィリピン社会の日常的な賭博実践、とりわけ闘鶏と数字くじに注目し、日々賭け続ける賭博者たちの姿を鮮やかに描き出していく。なぜ彼らは賭けるのか、賭けを通じた世界にはどのような意味が付与されているのか。「運」によって自らを世界と相関しようとする賭博者たちの思考と実践を通して、「賭ける」ことの意味を探究する。
運と戯れ、現実に驚く
賭博が「生」をアクティベートする
フィリピン社会に深く根ざす賭博実践に注目し、人々が不確実性に身を委ねる姿を通して「賭ける」ことの意味を文化人類学的に考察する
フィリピンにおいて賭博は、政治家から市井の人々に至るまで、社会のあらゆる階層に深く埋め込まれている。本書は、フィリピン社会の日常的な賭博実践、とりわけ闘鶏と数字くじに注目し、日々賭け続ける賭博者たちの姿を鮮やかに描き出していく。なぜ彼らは賭けるのか、賭けを通じた世界にはどのような意味が付与されているのか。「運」によって自らを世界と相関しようとする賭博者たちの思考と実践を通して、「賭ける」ことの意味を探究する。
目次
まえがき――賭博の魅惑
序 章 彩色の精神
1 なぜ、賭博なのか:日々をあやなすということ
2 どのように賭博を論じるのか――日常をアクティベートさせる賭け
3 どうやって賭博を捉えるのか――浮かんでは消える事物、賭けが放たれる先
4 本書の展開
第I部 賭博が根差す場、その基層
第1章 賭博との出会い、フィールドワークの輪郭
1 四つの調査地と家族たち
2 ミンダナオをいかに論じるのか
3 調査の内実
第2章 フィリピン賭博の歴史
1 国家と賭博
2 植民地主義による賭博の規制・管理・制度化
3 国家に庇護される賭博産業の成立
4 違法賭博と国家の共謀
5 加速する国家の賭博胴元化
第3章 規律訓練されない賭博者たち
1 法が善悪を定めるのか――数字くじ合法化「以前」と「以後」
2 行使される公権力、恐れる/恐れない/憤る人々
3 違法運営の崩壊と維持
第4章 善悪と神
1 善い賭博、悪い賭博
2 日常的賭博実践における善悪の境界線
3 善き状態をあらわす分かち合い「バラト」
4 何が幸運をもたらすのか――賭博における神
第II部 闘鶏――人間と鶏が織りなす伝統的熱狂の円環とリズム
第5章 闘鶏のエコノミー――鶏と関係を切り結び、鶏に生活を賭ける人々
1 フィリピンの闘鶏――産業化されたナショナル・スポーツ兼賭博
2 闘鶏を解釈の道具から解放する
3 闘鶏の仕組みと諸アクター
4 鶏と関係を結び、鶏に生活を賭ける人々
5 「蹴爪をつけるための鶏」の生涯
6 「戦士」から「食用」へ──闘鶏場の一日
7 ポリティクスではなくエコノミー――人間-鶏関係再考
ほか
商品詳細
- 出版社名
- 慶應義塾大学出版会
- サイズ
- 22cm
- フォーマット
- 単行本
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