凡人のためのあっぱれな最期 古今東西に学ぶ死の教養
発売日:2024年1月
- ページ数
- 222p
- ISBN
- 978-4-344-98720-3
- 著者情報
- 樋口 裕一(ヒグチ ユウイチ)
1951年、大分県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、立教大学大学院博士後期課程満期退学。フランス文学、アフリカ文学の翻訳家として活動するかたわら、受験小論文指導の第一人者として活躍。現在、多摩大学名誉教授。通信添削による作文・小論文の専門塾「白藍塾」塾長、MJ日本語教育学院学院長
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商品説明
妻が癌で逝った。61歳、1年あまりの闘病生活ののちの早すぎる死だった。家族が悲しみ、うろたえるなか、妻は、嘆かず恨まず泰然と死んでいった。それはまさに「あっぱれな最期」だった。決して人格者でもなかった妻が、なぜそのような最期を迎えられたのか。そんな疑問を抱いていた私が出会ったのは、「菫ほどな小さき人に生まれたし」という漱石の句だった。そうか、妻は生涯「小さき人」であろうとしたのか―。妻の人生を振り返りながら古今東西の文学・哲学を渉猟し、よく死ぬための生き方を問う、珠玉の一冊。
妻ががんで逝った。61歳、1年あまりの闘病生活ののちの早すぎる死だった。家族が悲しみ、うろたえるなか、妻は、嘆かず恨まず、泰然と死んでいった。それはまさに「あっぱれな最期」だった。決して人格者でもなかった妻が、なぜそのような最期を迎えられたのか。そんな疑問を抱いていた私が出会ったのは、「菫ほどな小さき人に生まれたし」という漱石の句だった。そうか、妻は生涯「小さき人」であろうとしたのか――。妻の人生を振り返りながら古今東西の文学・哲学を渉猟し、よく死ぬための生き方を問う、珠玉の一冊。
目次
第1章 妻のあっぱれな死(ただ一人、泰然と逝く
ステージ3―抗癌剤治療始まる ほか)
第2章 菫のようなふつうの人(ほかの治療法はなかった
妻がいないと困るくらし諸々 ほか)
第3章 先人に学ぶ様々な死生観(死については口にしづらい
人は死ねばゴミになるのか ほか)
第4章 小さき人として生きるために(妻は、農家で育った田舎者だった
祖父を弔った故郷の土葬習慣 ほか)
商品詳細
- シリーズ名
- 幻冬舎新書 ひ-2-4
- 出版社名
- 幻冬舎
- サイズ
- 18cm
- 対象年齢
- 一般
- フォーマット
- 新書・選書
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