世に資する 信号電材株式会社の50年
発売日:2023年7月
- ページ数
- 252p
- ISBN
- 978-4-88344-321-5
- 著者情報
- 糸永 康平(イトナガ コウヘイ)
1955年福岡県大牟田市に生まれる。1979年長崎総合科学大学卒業、信号電材株式会社に入社。1992年専務取締役、2005年から信号電材株式会社代表取締役社長。SD Lighting株式会社社長を兼務
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商品説明
歩行者と車の安全安心を守って50年。かつて炭鉱で栄えた福岡県大牟田市。その地方都市に全国50%のシェアをもつ信号機器製作の会社がある。
交通信号は
誰が
作っているか
知っていますか?
交通信号機はなぜできたのか?
理由はシンプルである。
交通事故を防ぐためにできたのである。
とは言っても、最初にできたのは車のためではない。
馬車による事故を防ぐために1868年(明治元年)にロンドンで設置されたのが世界最初といわれる。
日本には1919年(大正8年)、手動式の信号機が設置された。
しかし交通整理の初めは警察官の「挙手」による手信号である。
次いで信号機が設置され、ススメ、トマレ、と記された手動の「標版」になった。
しかし民衆の理解が進まず却って混乱し、手信号に戻したりしたという。
車や路面電車の増加とともに自動式の信号機に変わってゆくが、
昭和30年代は、交差点での手信号がまだまだ幅をきかせていた。
信号機の役割は、まず歩行者の安全を守ることだが、
モータリゼーションの発展とともに、いかに車の流れをスムーズにして、
交通事故を防止するかということに注力されるようになった。
交通信号は今や空気のような存在だが、
車社会においては、市民の「安全安心」を守るための必須のインフラである。
参考・「交通信号50年史」(交通管制施設協会 昭和五〇年)
目次
はじめに
第1章 「大牟田のしんごう屋」信号電材の50年 代表取締役社長 糸永康平
I 元祖しんごう屋「世に資するものを創り続けて」
II 二代目社長 糸永一平の時代 21〜33期(1992〜2004年:13期)
III 三代目 康平社長の時代 35期〜50期(2005年〜2020年:15 期)
第2章 50年を振り返って
1 創業50年、BOX製品の開発と開拓史 会長 糸永一平
2 物を売る前に己を売れ OB 佐野米實
3 試行錯誤の信号柱(ポール) 荒尾事業所 西本和生
4 西日対策灯器の開発 技術部 興梠政広
5 名誉会長のDNA OB 塚本敏樹
6 信号灯器のLED化 技術部 秋永良典
第3章 灯器とボックスとポールの製造工程
工場見学 信号機製造の全工程 信号機ができるまで
第4章 50年を基点に、これからの信号電材について
1 「すすむをつくる。」の実践 技術部 部門長 東川望
2 当社オリジナルの生産方式の確立 製造部 部門長 遠藤剛
3 強靭にパワーアップ 購買部 部門長 石塚雅晴
4 品質に対する妥協のない取り組み 品質保証部 部門長 橋村忠司
5 古き良きものを残し、新しいものにチャレンジ 営業部 部門長 宮川孝典
6 会社を内側から強くする 管理部 部門長 清川啓太
第5章 信号電材の伝統と未来 対談:糸永康平(代表取締役社長) 東川望(専務)
社員一同が「安全安心」を軸とし能動的に働ける会社に
創業50年は、転換点 初代は改革派、後継は保守
足は大牟田、目は中央 異質な人材でアルミ灯器
初めは、何も期待せず入社 西日対策灯器、それは一つの事件
各県で仕様が違う LED灯器開発は大きな階段 LEDも西 ほか
商品詳細
- 出版社名
- 石風社
- サイズ
- 22cm
- 対象年齢
- 一般
- フォーマット
- 単行本
注意事項
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