我と肉 自我分析への序論
ジャコブ・ロゴザンスキー/著 松葉祥一/訳 村瀬鋼/訳 本間義啓/訳
発売日:2017年6月
- ISBN
- 978-4-86503-047-1
- 著者情報
- ロゴザンスキー,ジャコブ(ロゴザンスキー,ジャコブ)(Rogozinski,Jacob)
1953年フランス・ルーベ生まれ。現在、ストラスブール大学哲学科教授(形而上学)
松葉 祥一(マツバ ショウイチ)
1955年大阪生まれ。同志社大学大学院哲学専攻博士課程満期退学。パリ第八大学大学院文学部哲学科博士課程満期退学。現在同志社大学嘱託講師。専門は哲学、倫理学
村瀬 鋼(ムラセ コウ)
1965年東京生まれ。東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻博士課程修了。博士(文学)。現在成城大学文芸学部教授。専門は哲学、倫理学
本間 義啓(ホンマ ヨシヒロ)
1978年埼玉生まれ。ストラスブール大学人文科学部哲学科博士課程修了。博士(哲学)。現在成城大学非常勤講師。日本学術振興会特別研究員。専門は哲学
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商品説明
私とは何か―その問いは今もなお古びてなどいない。ハイデガーの存在論とラカンの精神分析を批判的に乗りこえ、より根源的な自我の思想へとまっすぐに錨を下ろす、ラディカルな哲学。
目次
序論
第1部 自我殺しに抗して(「私は死につつある」あるいはハイデガーの呼びかけ
「私は鏡のなかに自分を見る死人である」あるいはラカンの主体)
第2部 デカルトへの回帰(「彼が私を欺くなら、私は在る」
人間でもなく主体でもなく
「私は道であり、真理であり、生である」
私の失調の瞬間
「神の前で/神の代わりに仮面をつけて」(デカルトの遺産))
第3部 自我分析への序論(現象学の曖昧さ
内在野
肉的綜合―交叉
触れている自分にどのようにして触れるか―交叉の(不)可能性
触れられないものと触れあって―残りもの
これは私の身体である(のではない)―身体化の残りもの
他人の彼方に
交叉の危機
憎悪から愛へ
原臨終から復活へ
解放へ向けて(内立))
商品詳細
- シリーズ名
- 古典転生 15
- 出版社名
- 月曜社
- 対象年齢
- 一般
- フォーマット
- 単行本
- 原題
- 原タイトル:Le moi et la chair
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