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  • 一八世紀近代の臨界 ディドロとモーツァルト

  • 一八世紀近代の臨界 ディドロとモーツァルト

一八世紀近代の臨界 ディドロとモーツァルト

  • 鷲見洋一/著 鷲見 洋一
    1941年生まれ。専攻、18世紀フランス文学・思想・歴史。慶應義塾大学大学院博士課程修了。モンペリエ市ポール・ヴァレリー大学で文学博士号取得。慶應義塾大学文学部教授。同大学アート・センター所長、中部大学人文学部教授を経て、慶應義塾大学名誉教授

  • ISBN
    978-4-906791-94-1
  • 発売日
    2018年07月

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商品の説明

  • 知られざる生の深みへ。モーツァルトとディドロ、音楽と書翰・対話に表現された、近代的な孤の天国と地獄。そして、時代を超える二つの創造、“イ短調ピアノ・ソナタ”と『百科全書』。名づけようのない哀しみと、知の巨大な集積の企てとが交叉する地点に、近代の始原と極北とをとらえる。半世紀をかけた一八世紀研究の結晶。
目次
「むすぶ」ことと「ほどく」こと―我流の勉強論
1 ディドロ読み歩き(不在についての考察―脅迫状、恋愛小説、そして恋文へ
ソフィー・ヴォラン書翰を読む―一七六二年の場合
ディドロの『ラ・カルリエール夫人』を読む
二つの国内旅行―ディドロとメネトラの紀行文
『ラモーの甥』の昔と今―博論異聞
『ラモーの甥』の末裔たち
モーツァルトからディドロまで―即興論の資格から
ディドロはいかに読まれてきたか)
2 モーツァルトのいる風景(文学に見る一八世紀
怪物的神童とパリ―一七六三‐六四年の滞在
喪失と自由―一七七八年、パリ
国王さまざま―一七九一年の周辺
奇人と天才の話―ヨーロッパ世紀末のモーツァルト)
「いたみ」と「かなしみ」のトポス

商品詳細情報

サイズ 20cm
初版の取り扱いについて 初版・重版・刷りの出荷は指定ができません。
また、初版にのみにお付けしている特典(初回特典、初回仕様特典)がある商品は、
商品ページに特典の表記が掲載されている場合でも無くなり次第、終了となりますのでご了承ください。

商品のおすすめ

中世にも近代にも収まらない、歴史を超えた二つの創造、モーツァルトの音楽と『百科全書』。一八世紀に交差する二つの足跡をたどり、精密な読みをとおして創造的な跳躍の秘密に迫る。

一つは、時代を突き抜ける、哀しみの透明な調べにおいて、一つは、世界と量りあう、知の巨大な集積において……どちらも因果の物語や進歩の観念、つまり歴史叙述からこぼれ落ちる次元を開いてくれる。いま・ここに徹することで現れる異次元の眺望、音楽と論理の先端で、「世界図絵」を探る。

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