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  • 一九四四年の大震災――東海道本線、生死の境

  • 一九四四年の大震災――東海道本線、生死の境

電子書籍版

一九四四年の大震災――東海道本線、生死の境

  • ダウンロード可能端末数
    5
  • 書籍版発行年月日
    2015年12月
  • ファイル形式
    EPUB3.0(出版社)
  • ページ数
    176
  • デジタルコンテンツタイトル名
    一九四四年の大震災――東海道本線、生死の境
  • ISBN
    978-4-09-386431-2
  • 発売日
    2016年03月04日

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720 (税込:778

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商品の説明

  • 太平洋戦争の悪行を、21世紀の今暴く!

     浜名湖の湖岸にある「フジタ浜名湖地震津波研究所」のビルが炎上し、そこから男の焼死体が発見された。男は、主宰者の藤田武。妻の美里には、何のために武が死んだのか分かっていた。
     時代は一気にさかのぼり、太平洋戦争の末期。武の祖父徳之助は、「フジタ地震津波研究所」をつくり、息子の健太郎とともに研究をしていた。
     米軍による日本本土への空襲が勢いを増す中、敗色濃い戦時下に政府、軍部が国民に強いたものは、言論統制、報道管制だった。その圧制下にあって大地震・津波の襲来を予知し、警鐘を鳴らそうとしたのが藤田親子だった。
     ついに、1944年12月7日に大地震が東海地方を襲った。後に言われる昭和東南海地震である。これが次の大地震を誘発すると警告する藤田親子を、当局は拘留し迫害した。そして、翌年1月13日には三河地震が起こったのだった。しかしながら、徳之助は鉱山に、健太郎は沖縄戦線に送り込まれ、徳之助は行方不明に。それを命令したのが、川崎憲兵隊長だった。
     戦争での悪行を暴くために、戦後、藤田健太郎と武は、それぞれの時代に動き始めた――。

商品詳細情報

フォーマット 電子書籍
カラー モノクロ/一部カラー

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