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  • 天下統一 秀吉から家康へ

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天下統一 秀吉から家康へ

  • 黒嶋敏/著 黒嶋 敏
    1972年、東京都生まれ。青山学院大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程中退。博士(歴史学)。現在、東京大学史料編纂所助教。専門は日本中世史

  • シリーズ名
    講談社現代新書 2343
  • ISBN
    978-4-06-288343-6
  • 発売日
    2015年11月

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商品の説明

  • 二人の「天下人」によって引き継がれた史上最大のプロジェクト。気鋭の日本史家が新視点で描く。
目次
序章 天下統一とは何か
第1章 天下統一の裏側―内からの承認(天皇の名のもとに
島津氏と伊達氏の服属
豊臣政権の構造的問題
天下人は境界を目指す)
第2章 秀吉の中華―膨張する武威(アジアのなかの天下統一
境界の先に向かう武威
上下の関係
出兵へ
読み替えられる「日本国王」
再出兵と秀吉の死)
第3章 家康の中華―武威と現実(すでに幕は上がっていた
コップの中の関ヶ原
海の支配者へ
国王の出仕
家康の妥協と挫折)
終章 武威の落としどころ

商品詳細情報

フォーマット 新書・選書
文庫
サイズ 18cm
対象年齢 一般

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「天下統一」とは、どのような状態になった時にそう言うことができるのでしょうか?
通常の理解では、織田信長がそれを理念として掲げ、
後継者の秀吉が島津攻め、後北条氏を滅亡させるなどしてこれを成し遂げ、
最後に家康がその利を取ったということになるでしょう。
では、「天下統一」がなったのは何年なのでしょうか?

そう問うと、これは意外とやっかいな問題だぞ、というのが著者の考えです。
というのも、信長は言うに及ばず、
秀吉の「統一」も急ごしらえで支配基盤は強固なものではなかったからです。

秀吉は後北条氏は滅ぼしましたが、家康は言うに及ばず、
島津にしても伊達にしても、武力で屈服させたわけではありません。
「形として」自分に従ったことにすれば、いちおうそれでよしとしたのです。
この対応パターンは、じつは家康に対するものとほとんど変わりはないのです。

秀吉が求めたのは、むしろ「外部」による、すなわち明による「日本国王」としての承認でした。
足利義満と同じパターンを望んだのです。
自身の権威を当時の地域の超大国明に認めさせることこそが、
諸大名に対する、自身の権威の何よりの証明になると考えたのです。
秀吉の後を継いだ家康も、やはり明による「冊封」を模索します。
そのために、秀吉は朝鮮を日本の従属国であるかのように扱い、あげくには朝鮮出兵にまで至ります。
一方、家康は薩摩に命じて琉球を征服し、「日本国王」に服する国家を実際に作り上げてしまいます。

幕府なり、太閤様なりが、実質的な権力体として日本国中にまんべんなく承認されることは、
じつは現在のわれわれが考えるほどに単純なことではありませんでした。
彼らは武力はもちろんのこと、様々な手段を用いて
自らが「天下人」であることをアピールしなければなりませんでした。
そして明という外国による承認こそ、
彼らは、当時の日本人にとっても説得力があるものと考えたのです。

本書では、従来、国内の事情のみで語られがちであった「天下統一」という事態を、
広くアジアに視点を広げて考えて行きます。

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