ご使用のブラウザでは、Cookieの設定が無効になっています。
すべての機能を利用するには、ブラウザの設定から当サイトドメインのCookieを有効にしてください。

  • 山形済生館病院初代院長 長谷川元良のこと

  • 山形済生館病院初代院長 長谷川元良のこと

山形済生館病院初代院長 長谷川元良のこと

  • 中村忠生/著 中村 忠生
    昭和9(1934)年山形県天童町(現・天童市)に生まれる。税務署勤務の父の転勤に伴い青森県野辺地町・山形県酒田市・福島県郡山市・岩手県一関市に居住する。昭和28年3月岩手県一関第一高等学校卒業。昭和33年3月日本大学経済学部経済学科卒業。昭和34年1月岩手県信用保証協会に入協。盛岡本所・一関・大船渡・釜石・水沢・二戸の各支所に勤務。平成7年3月定年退職

  • ページ数
    150p
  • ISBN
    978-4-938939-59-5
  • 発売日
    2010年03月

閉じる

例)1234567

[住所の変更]

宅配受取り
店舗受取り(送料無料
セブン-イレブン
その他の店舗

閉じる

[対象店舗]
お急ぎ店舗受取り(324円

数量:

1,500 (税込:1,620

在庫あり

シェアする
Facebook
Twitter
Google+
メール

閉じる

ログイン後、改めてメールの送信をお願いします。 ログイン

商品の説明

  • 明治初期、激動の時代の流れを読み取って、いち早く西洋医学を学び、後輩を育て、地域医療に貢献した医師、それが長谷川元良である。長谷川は、山形市の西洋式の病院、「済生館」初代院長として建設の際に活躍した人物でもある。
    著者の自宅に長谷川元良の書いた漢詩が残っていた。著者と長谷川は親戚であったことが判明して以来、著者は長谷川について調べていく。すると、激動のなかで薩長土肥の出身でもない長谷川が、自分の置かれた歴史的な環境のなかで営々たる努力をしていたことがわかった。長谷川元良の真剣な生き方に感銘を受けた著者の、長谷川元良とその関連人物等についてまとめた、自分のルーツを探る研究書。
目次
第1章 山形に来着する前の長谷川元良(戊辰戦争のおり、佐幕方を支援する戦闘組織「迅雷隊」に誓詞血判のうえ入隊したこと
長谷川元良、長崎遊学から戻り佐渡に新しい西洋文化を広めんとすること ほか)
第2章 山形県公立病院の大増築計画(三島通庸、新山形県の県令に就任し、公立の新病院を県立とし、さらに増築のうえ大規模化の構想を打ち出す
県令発想の病院大増築計画の具体化と、その計画に関わりあった配下の人々 ほか)
第3章 オーストリア人医学教師ローレツ、山形に来着(「山形済生館病院」が洋医ローレツを招聘すること
ローレツの山形来着について、人それぞれの反応)
第4章 長谷川元良山形での活躍(県下の開業医たちを啓蒙した長谷川の診断学講義
長谷川元良、医学参考書を出版すること ほか)

商品詳細情報

フォーマット 単行本
サイズ 19cm
対象年齢 一般

ページの先頭へ

閉じる

  • 山形済生館病院初代院長 長谷川元良のこと
  • 山形済生館病院初代院長 長谷川元良のこと

閉じる

エラーが発生しました。

読み込み中