ご使用のブラウザでは、Cookieの設定が無効になっています。
すべての機能を利用するには、ブラウザの設定から当サイトドメインのCookieを有効にしてください。

  • 君子を目指せ小人になるな 私の古典ノート

  • 君子を目指せ小人になるな 私の古典ノート

ポイント倍率

君子を目指せ小人になるな 私の古典ノート

  • 北尾吉孝/著 北尾 吉孝(キタオ ヨシタカ)
    1951年、兵庫県生まれ。74年、慶應義塾大学経済学部卒業。同年、野村證券入社。78年、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。89年ワッサースタイン・ペレラ・インターナショナル社(ロンドン)常務取締役。91年、野村企業情報取締役。92年、野村證券事業法人三部長。95年、孫正義氏の招聘によりソフトバンク入社、常務取締役に就任。現在、ベンチャーキャピタルのSBIインベストメント、オンライン総合証券のSBI証券、インターネット専業銀行の住信SBIネット銀行、ネット損保のSBI損保、ネット生保のSBIアクサ生命等の革新的な事業会社を傘下に有し、金融、不動産、生活関連サービスなどの事業を幅広く展開する総合企業グループ、SBIホールディングス代表取締役執行役員CEO

  • ページ数
    225p
  • ISBN
    978-4-88474-830-2
  • 発売日
    2009年01月

閉じる

例)1234567

[住所の変更]

宅配受取り
店舗受取り(送料無料
セブン-イレブン
その他の店舗

閉じる

[対象店舗]
お急ぎ店舗受取り(324円

数量:

1,500 (税込:1,620

在庫あり

シェアする
Facebook
Twitter
Google+
メール

閉じる

ログイン後、改めてメールの送信をお願いします。 ログイン

商品の説明

  • 現SBIホールディングスCEOであり、ベストセラー『何のために働くのか』の著者・北尾吉孝が渾身(こんしん)の力を込めて送る本書。志あるリーダー諸氏の心の糧となる書。
目次
第1章 私にとっての中国古典(君子の生き方、小人の生き方 私が中国古典から学んだ人生観)
第2章 君子と小人―孔子の人間教育法(『論語』の力「君子」の字義 ほか)
第3章 君子に備わる五つの徳―「仁」「義」「礼」「智」「信」(「徳」とは人間の本性そのもの徳の根本となる「仁」 ほか)
第4章 君子の条件―さまざまな君子像(君子の三つの基準―伊與田覺氏の掲げる君子の条件 理想的な人格の四つの基準―于丹氏の掲げる君子の条件 ほか)
第5章 天命を知る―何のために生きるのか(絶対的・必然的な「命」と「道」 天人思想と自然観)

商品詳細情報

フォーマット 単行本
サイズ 20cm
対象年齢 一般

商品のおすすめ

仕事も人生もうまくいく原点は古典にあった!古典に学ぶ北尾流リーダー論。
 
現在の社会不安は、人の上に立つ人間が拝金主義に陥り、自らの利益しか考えない小人的生き方をしていることに端を発する。そこでいまこそ、古典を手に取り、心を養い、古典が説く君子を目指すことが求められていると提言する。
 
 著者は君子の条件として以下の六つをあげる。一、徳性を高める。二、私利私欲を捨て、道義を重んじる。三、常に人を愛し、人を敬する心を持つ。四、信を貫き、行動を重んじる。五、世のため人のために大きな志を抱く。六、世の毀誉褒貶を意に介さず、不断の努力を続ける。 現SBIホールディングスCEOであり、ベストセラー『何のために働くのか』の著者が渾身の力を込めて送る本書。志あるリーダー諸氏には、大いなる心の糧となるだろう。

著者コメント

日本は戦後教育の中で、いわゆる世のため人のためと言う「君子的人間」が生まれて来ない様な、生まれ難い様な状況に置かれてきました。即ち戦後の教育は道徳的見識を育てる人間学を全く軽視し、「人間如何に生きるべきか、人間どうあるべきか」ということを教えない教育でありました。従って、そのようなことを教えられていない人間達が育てば、私利私欲が勝った「小人的人間」が増えていくのも当然であると思います。だからこそ、今の日本には孔子の「君子」という言葉で象徴される人物の涵養こそが希求されていると確信しています。
 本書では『論語』に百回ほど出てくる、孔子が描いていたであろう「君子」の人物像を「小人」と対比しながら、出来るだけ分かり易く述べたつもりです。また、この本の副題を「私の古典ノート」としているのは、孔子が孔子塾ともいえる学塾で門弟三千人を育てようとした「君子」とは如何なる人間で、そしてそのような「君子」が今の日本において如何に必要とされるかということに関心を持ち、私が中国の古典を色々と読んで勉強してきた内容だからです。私自身も日々反省しながら君子足ろうと努力している人間でありますが、是非この本を読んで、「君子的人間を目指そう」と努力する人が一人でも増えてくれればと願ってやみません。

作り手の思い

日本は戦後教育の中で、いわゆる世のため人のためと言う「君子的人間」が生まれて来ない様な、生まれ難い様な状況に置かれてきました。即ち戦後の教育は道徳的見識を育てる人間学を全く軽視し、「人間如何に生きるべきか、人間どうあるべきか」ということを教えない教育でありました。従って、そのようなことを教えられていない人間達が育てば、私利私欲が勝った「小人的人間」が増えていくのも当然であると思います。だからこそ、今の日本には孔子の「君子」という言葉で象徴される人物の涵養こそが希求されていると確信しています。
 本書では『論語』に百回ほど出てくる、孔子が描いていたであろう「君子」の人物像を「小人」と対比しながら、出来るだけ分かり易く述べたつもりです。また、この本の副題を「私の古典ノート」としているのは、孔子が孔子塾ともいえる学塾で門弟三千人を育てようとした「君子」とは如何なる人間で、そしてそのような「君子」が今の日本において如何に必要とされるかということに関心を持ち、私が中国の古典を色々と読んで勉強してきた内容だからです。私自身も日々反省しながら君子足ろうと努力している人間でありますが、是非この本を読んで、「君子的人間を目指そう」と努力する人が一人でも増えてくれればと願ってやみません。

ページの先頭へ

閉じる

  • 君子を目指せ小人になるな 私の古典ノート
  • 君子を目指せ小人になるな 私の古典ノート

閉じる

エラーが発生しました。

読み込み中